高崎経済ラグビー部
主務交代をうけまして
Posted Date:2012/04/02(Mon) 18:36
今年三年になった深津です。
まず、先日梅山さんから主務を引き継いだので、ご挨拶させていただきます。
御承知の通り、デリカシーの無い僕ではありますが、、ちょっとは人より余分にある持久力をデリカシーに変換して、デリカシーがないのにさもデリカシーのありそうな人物を演じ上げ、よりデリカシーを伴ったコミュニケーションの下でデリカシーのある・・・。
なんかデリカシーの無いこと書いちゃってすみません。
とにかく、対外試合や合宿などでチームが活動しやすいような環境を作れるよう、頑張りたいと思います。
※僕は周りの為に頑張れる人間だと、この前梅山さんが言っていました(笑)。
ところで、僕自身およそ一年ぶりのブログへの書き込みとなりました。昨年「名言集シリーズ」などとうたって、結局一回しか書けなかったので、今年はできるだけ継続的に書いていけたらと思っています。さっそく今日も一つ紹介しようと思い、最近観た映画の中から言葉を用意してきました。
それでは復帰一発目、今回の名言は
「力(パワー)とは、目の前の人を殺せる能力のことではない。力(パワー)とは、目の前にいる人を殺すことのできる正当な理由があるときに、殺さないことなのだ。」
文字数が多いため、セリフを正確に再現できているか分かりませんが、「殺す」という極めて攻撃的な言葉をたとえに使った、とても印象深い言葉だと感じました。
元ネタは、スティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」で、第二次大戦中のユダヤ人迫害と、その中で起業家として多くのユダヤ人を救ったオスカー・シンドラーという人物の実話に基づいた映画です。
映画の中で、ユダヤ人強制収容所の所長と、シンドラーが話すシーンがあります。
「私は力(パワー)を持っている」と言った所長に対してシンドラーが言った言葉です。
私たちは普段の生活の中で、お互いにミスを犯したり、考え方の違いなどから、互いにうまく歩み寄れない場面に出くわすことがあります。その中には、一方に責任が集中してしまったり、犯したミスの割合が偏ってしまう場合もあります。そんな時、もう一方の人間は、相手に対してある種の優位性、今回の主題に基づいて表現すると力(パワー)を、持つことになります。持つことになると考えられます。しかし、それは本当の力(パワー)ではないとシンドラーは言っています。
本当の力(パワー)とはつまり、”許せる”ということなのです。
部活、ゼミ、友達、様々な人間関係の中で、ひとりひとりに人物像や役割が生まれてくるのと同時に、ポテンシャルや価値観によって、暗黙のうちに個人がランク付けされるのは極めて自然なことです。集団にはほぼ例外なく目的が存在し、それに対して個人にパフォーマンスが求められるのは当然のことだからです。しかし、表面上の成績や結果以外にも大切なことはたくさんあるわけで、そういったことに目を向けたうえで、物事の良し悪しの判断や、自分自身の中での選択をしていくべきなのかもしれません。そういったことまで目を通し、考えたうえで最終的に”許せる”人間が、本当の意味で懐の深い人間と言えるのかもしれません。
言葉の考察と映画の内容があまり一致していませんが、僕の周りの人間関係や僕自身について考える上で、一体何を基準に道を選んでいくのか、考えさせられる言葉になりました。
本当の意味で懐が深かったり、心が広い人間になれるよう、内面的な部分を大切にして(人間としてもラガーマンとしても、表面的なパフォーマンスがそもそもまだまだなのですが)、主務の仕事も頑張っていきたいと思います。
デリカシーの無い男の、さもデリカシーがありそうなお話でした。
まず、先日梅山さんから主務を引き継いだので、ご挨拶させていただきます。
御承知の通り、デリカシーの無い僕ではありますが、、ちょっとは人より余分にある持久力をデリカシーに変換して、デリカシーがないのにさもデリカシーのありそうな人物を演じ上げ、よりデリカシーを伴ったコミュニケーションの下でデリカシーのある・・・。
なんかデリカシーの無いこと書いちゃってすみません。
とにかく、対外試合や合宿などでチームが活動しやすいような環境を作れるよう、頑張りたいと思います。
※僕は周りの為に頑張れる人間だと、この前梅山さんが言っていました(笑)。
ところで、僕自身およそ一年ぶりのブログへの書き込みとなりました。昨年「名言集シリーズ」などとうたって、結局一回しか書けなかったので、今年はできるだけ継続的に書いていけたらと思っています。さっそく今日も一つ紹介しようと思い、最近観た映画の中から言葉を用意してきました。
それでは復帰一発目、今回の名言は
「力(パワー)とは、目の前の人を殺せる能力のことではない。力(パワー)とは、目の前にいる人を殺すことのできる正当な理由があるときに、殺さないことなのだ。」
文字数が多いため、セリフを正確に再現できているか分かりませんが、「殺す」という極めて攻撃的な言葉をたとえに使った、とても印象深い言葉だと感じました。
元ネタは、スティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」で、第二次大戦中のユダヤ人迫害と、その中で起業家として多くのユダヤ人を救ったオスカー・シンドラーという人物の実話に基づいた映画です。
映画の中で、ユダヤ人強制収容所の所長と、シンドラーが話すシーンがあります。
「私は力(パワー)を持っている」と言った所長に対してシンドラーが言った言葉です。
私たちは普段の生活の中で、お互いにミスを犯したり、考え方の違いなどから、互いにうまく歩み寄れない場面に出くわすことがあります。その中には、一方に責任が集中してしまったり、犯したミスの割合が偏ってしまう場合もあります。そんな時、もう一方の人間は、相手に対してある種の優位性、今回の主題に基づいて表現すると力(パワー)を、持つことになります。持つことになると考えられます。しかし、それは本当の力(パワー)ではないとシンドラーは言っています。
本当の力(パワー)とはつまり、”許せる”ということなのです。
部活、ゼミ、友達、様々な人間関係の中で、ひとりひとりに人物像や役割が生まれてくるのと同時に、ポテンシャルや価値観によって、暗黙のうちに個人がランク付けされるのは極めて自然なことです。集団にはほぼ例外なく目的が存在し、それに対して個人にパフォーマンスが求められるのは当然のことだからです。しかし、表面上の成績や結果以外にも大切なことはたくさんあるわけで、そういったことに目を向けたうえで、物事の良し悪しの判断や、自分自身の中での選択をしていくべきなのかもしれません。そういったことまで目を通し、考えたうえで最終的に”許せる”人間が、本当の意味で懐の深い人間と言えるのかもしれません。
言葉の考察と映画の内容があまり一致していませんが、僕の周りの人間関係や僕自身について考える上で、一体何を基準に道を選んでいくのか、考えさせられる言葉になりました。
本当の意味で懐が深かったり、心が広い人間になれるよう、内面的な部分を大切にして(人間としてもラガーマンとしても、表面的なパフォーマンスがそもそもまだまだなのですが)、主務の仕事も頑張っていきたいと思います。
デリカシーの無い男の、さもデリカシーがありそうなお話でした。
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